A:血で遊ぶ獣 ラシュイチャ
チャイチャって獣は見たことあるかな。被膜を広げて木から木へと飛び移る草食動物なんだけど、縄張り意識が非常に強いことで知られていてね。侵入者を見かけると、大型の捕食者相手でも、刃状に発達した軟骨を活かして、勇猛果敢に襲いかかるんだ。なかでも獰猛さで悪名高いのが、ラシュイチャと呼ばれる個体さ。ただし、こいつは縄張りを護るためではなく、遊び半分で、人や獣を襲っているフシがあってね……。
ついた名が血塗れの鳴き声(ラシュイチャ)……ってわけさ。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
ヤクテル樹海には崖の上に位置する上の森とその崖の下に位置する下の森に分かれていて、その間にある絶壁の崖はこの二つの地域を陸路で行き来することを拒んでいる。唯一、上下の森を繋いでいるのはジョブリト灰戦場と呼ばれる古戦場だ。この古戦場を抜けた先にある細い山道を下りる事で「下の森」と言われるマムージャの支配領域へと入る事が出来る。
この下の森の奥には森を護る「森の精霊」が棲んでいて、森を穢した者に呪いを掛けると言い伝えられているらしいのだが、マムージャ族のガイドの話によると実はこれは本当の話で、今回ターゲットになっている緑葉のハムージャという化け物は元は下の森の村に暮らすマムージャ族の男なのだという。表向きは言い伝えという事にはなっているらしいが森に住むマムージャ族はみんなこれが真実だという事は知っているらしく、数百年前に村を守るために呪いをうけた英雄ハムージャを出来るだけ楽に終わらせてやりたいと頼み込んできたのだ。あたし達は森の精霊にハムージャの許しを請うために森の奥を目指すこととなった。
下の森は周りを囲みこむように高低差の大きい絶壁の崖に囲まれている上に、樹木の葉が太陽の光を悉く遮ってやるという強い意志をもって主張するかのように密集している。そのため昼間でも夜のように暗く、しかも地理的に低い位置にあたり、湿度が高く蒸発しにくいために水が溜まっている場所も多い。
そんな樹海にも様々な性質を持つ動物が生息している。
「あれはちょっと厄介ねぇ…」
大きめの木の幹の陰から顔を半分だけ出して様子を窺っていたあたしが言った。
視線の先には同じように大きめの木の幹の穴から顔を半分だけ出して様子を窺っている動物の姿があった。チャイチャと呼ばれるその動物は草食でムササビとかモモンガのように被膜を広げて木から木へと飛び移る。違うのは通常種でも体長は1mを超えるその体の大きさだ。その中でも目の前にいるラシュイチャ、現地の言葉で「血濡れの泣き声」と呼ばれる個体に至っては2m近くある。
外見は暗い森でも視力を保てるように瞳孔の大きくて真ん丸で真っ黒な目をしていてリスの様な顔付がめちゃくちゃ可愛い。だが、なんせこの手の動物は土着性が強く、縄張り意識が生半可ではない。
肉食獣にも縄張り意識はあるが食料となる獲物もあちこち動き回るため土地に拘る土着性自体は薄く、どちらかと言えば獲物にこそ執着する。しかし、草食動物はそこに生える植物を餌とするために土地に執着するのだ。自らのテリトリーを守ることとは将来にわたる安定した食料確保の面でも重要で命を守ることに直結する一大事だ。だから命懸けで縄張りを守ろうとするのだが、これが小動物なら笑い話で済むが体長が1mを超えるチャイチャの場合、襲われた側はその鋭く長い爪や歯で大怪我を負わされるか、場合によっては命を落とす事すらあるからシャレにならない。
そうはいっても通常、縄張りを侵さない限り彼らが襲い掛かってくることはまずない。誤って自分が負傷でもしたら厳しい自然環境の中で生きていくことが困難になる、だからそんなリスクは負わないのが普通なのだが、ラシュイチャは違う。こいつは自分以外の生物を玩具かなにかと勘違いしているらしく、縄張りを護るためではなく遊び半分で人や獣を襲う。そのため「血塗れの鳴き声」と呼ばれているのだ。そのラシュイチャが木の幹の穴から顔を半分だけ出して様子を窺っているのだ。
「やだなぁ…、ホント厄介」
ヤクテル樹海のガイドを引き受けてくれたマムージャ族の話しでは、森の精霊が棲むとされる森の奥はこの先で、そこへ向かうあたし達の行く手を阻むような形でラシュイチャの縄張りがある状況だ。精霊に会いに行くには嫌でもラシュイチャの縄張りを横切るしかなかった。
木の幹の穴から鼻先を出したラシュイチュが臭いを追うような仕草で鼻をスンスンした。恐らく、あたし達の存在には既に勘付いているのだろう。ただあたし達が動かないから様子を見ているだけで‥。
「何もしてこないならこのままお互いに見て見ぬふりで通過したいところだけど…」
凶暴とはいえ見た目の可愛い動物に乱暴な事をするのは流石に気が引けてしまう。あたしが呟くと相方もコクコクと頷きながら同意した。その頷いた僅かな動きで足の下にあった枯れ枝がパキッと音をたてて折れた。
「あ…」
あたしと相方は顔を見合わせる。そのあたし達の頭上を巨大な座布団のようなものが通過していったかと思うと空中で反転して地面に降り、後足で立ち上がりこちらをジッと見ている。
「あ~あ」
あたしと相方は顔を見合わせたまま溜息をついた。
ヤクテル樹海